こんにちは。
心理セラピストの杉原京子です。
外出を自粛しているので、同居している家族以外の人と直接会う事はほとんど無いですよね。長い自粛生活を送っていると、いくら家族とはいえ段々会話も少なくなってきたりしてませんか?今は本当に便利な時代で、たとえ家族と話してなくてもネットを通じて誰かと話をしたり、SNSで人とコミニケーションを取ることができますよね。直接会えなくても、ビデオ通話やチャットで何気ない雑談をしたりしてコミュニケーションを取ることができることに、とてもありがたみを感じます。Twitterや、YouTube、ブログ等、様々なメディアからの情報発信を自分で選んで知ることが出来るのは、自粛してる中、大きな救いとなっているなと思います。
人とのコミニケーションには、色んな方法があります。今日はその中から一つ「Yes, butゲーム」について書きます。「Yes, butゲーム」とは、カナダ出身の精神科医、エリック・バーンが提唱した交流分析の一つです。人は様々なゲームを人生の中で行っています。そのゲームの一つに「Yes, but ゲーム」があります。ここで言うゲームとは、人とのコミニケーションの取り方についてという意味です。ではこの「Yes, but」のゲームは、どんなゲームなのでしょうか?どんな人が行っているんでしょうか?
会話をしている時、こんなフレーズを聞いた事はありませんか?
そうなんですよね。そうですよね。でもね…。けれど…。
最初に肯定していながら、最後に「でも」と言って相手の言っていたことを否定して受け入れません。
こんなやりとりを耳にした事ありませんか?

A:明日、どの服を着ていけばいいと思う?
B:そだね、あの白色のワンピースがいいなじゃないかな?
A:あの白色のワンピースいいよね。でも、明日は雨だし汚れて目立ちそう。
B:じゃあ、黒色のワンピースはどう?
A:そだね、黒色のワンピースだと汚れが目立たないもんね。でも、雨の日に黒色の服って気分が余計に滅入りそう。
B:じゃあ、私に聞かないで好きにすれば。
A:…。どうしよう。何で意見を言ってくれないの。もうっ(怒)。

Aさんは、明日何着ていこうか迷っていて、Bさんに意見を求めます。Bさんは、親身になって意見を言います。しかし、AさんはBさんの意見を肯定しながらも、最後にはことごとく否定します。それを何度も繰り返し、最後は相手を不快にして終わらせるコミニケーションゲームをする。こんな人、あなたの周りにはいませんか?もしくは、これ、私やってしまってる!と思ってドキっとしてませんか?

隠しているものがあるから、「Yes, but」ゲームをする

「あなたは何が着たいの?」、「好きなの着ればいいんじゃないの?」と聞かれたり、言われたりすると急に無言になります。なぜなら自分の意見を言えない、もしくは自分の意見がないからです。自分の本音をいつも隠しているのです。その人の内側で何が起こっているのでしょうか?
相手を受け入れているふりをして最後はひっくり返す
このゲームをする人は、相手の意見を受け入れる、聞き入れる事=相手の支配を受け入れるような感覚になっています。つまり人間関係の前提が支配関係(上下関係)になっているのです。幼少期の頃から常に親に強く支配されて育てられていると、自分の言いたいことを言えず我慢しています。支配される事は、嫌なので抵抗したいのですが、直接抵抗すると親からの強い力でさらに支配されたり、親に反抗すること=生きていけない=死の恐怖となるので、親からの支配に抗えずに受け入れてきたのです。でもそのまま支配を受け入れるのは嫌だし苦しい。だから反抗をこっそりと行っています。「あなたには私を支配させない」という意の表れです。しかし、本音を言ってしまうと死の恐怖を感じてしまうので、言わないことで相手の支配を受け入れ、自分の命を守っているのです。正面切って反抗できない、拒否出来ないので、陰でこっそりと攻撃する、受動攻撃を行っているのです。これを投影を起こして、大人になった今でも同じことを繰り返し、反復強迫を行っているんですね。
反復強迫については、こちらに分かりやす説明があります。

ゲームを繰り返して名人級・達人級のゲーマーになってしまったら…

遊びのゲームだと名人や達人になるほど上達すれば嬉しいものですが、このゲームでそれをやってしまうと、当たり前ですが、人間関係が大きく拗れます。反復強迫の動画での説明の通り、自分の中で解決しない限り、終わりなきゲームになります。お互いに不快を感じるだけのゲーム。そのゲームが終わる時とは、人が離れていく時だけです。全ての人が離れていってしまったら、真の孤独が待っているだけです。誰とも関わりがない、もしくは表面的な関わりだけになってしまいます。そんな人間関係を誰が望むのでしょうか?

 

バッドエンドのコミュニケーションを止めるには?

もし、やっているかもしれないと思ったら、先ずは自分で気づく事が大切です。先程も書きました通り、このゲームは自分で終わらせるしかないのです。もし相手がこのゲームを仕掛けてきたら、乗らなければいいんです。つまり、一緒になってゲームをせずに降りればいいだけの話なんです。
このゲームを仕掛ける人は、共依存の人が多く、人との関係が支配関係(上下関係)になっています。だから、関係性を対等にすればいいのです。
そもそも相手の意見を受け入れる事は支配されることではないのです。「自分は本当は何を感じているのか」、「何を言いたいのか」自分の本音を知り、それを素直に言葉で表現することで、この不毛なゲームを終わらせることができます
相手を不快にさせるバッドエンドなコミニケーションゲームはやめてより良いコミニケーションを取れるようになったら、人とのコミュニケーションは快という感覚になります。快という感覚で繋がるコミュニケーションで人間関係を充実させることが出来ます。
著者

心理セラピスト 杉原 京子

自分という感覚がよく分からなかったり、生きている実感が薄かったり、 人と関わるのが苦手だったりし、人生に何度も行き詰まりを感じる。 それが自身の愛着に問題があったことをリトリーブサイコセラピーで体感する。そして、それは解決できるということも。今後は、この経験を活かして同じように愛着に問題を抱えることで起きる問題の解決のサポートします。

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