こんにちは。
心理セラピストの杉原京子です。
6月に入りましたね。6月に入った途端、急に暑くなったので慌てて扇風機を出しました。今年も大活躍してもらうつもりです。買う時は値段が少し高かったので迷ったのですが、自分の中の「好き」を優先させて買った物なのでとても気に入ってます。気にってると気持ちよく、大切に使えるんですね。自分の中の「好き」を優先させるって大切だなっとつくづく感じております。
さてさて、仲の良い友達やパートナー、家族に「なんで分かってくれないの!」って言ったり、言われたりしたことはありませんか?
もしくは、ついつい次に何を言われるか分かる気がするから、分からないといけないからと
空気を読んだり
先回りして行動したり会話をしたりし過ぎて
人と会うと、疲れきった事ってありませんか?
今日は、そんな
「私はこんなに分かろうとしているのに、なんで分かってくれないのとイライラしてしまう」心理について境界線の問題をベースにして書きます。
境界線とは、他人自分の内側(心理上)は、別とする線。
この線引きが出来ていないと、自分の感覚なのか、他人の感覚なのか分からなくなります。
無境界の状態です。」
無境界の状態になっていると以下のような問題が起こり、とても仲の良い友達や、パートナー、家族と身近な存在に対してその問題は影響していきます。
一緒にいたり、話していると、ついついこんなことでイライラしてしまいませんか?
  • 相手になんでわかってくれないって思ってイライラする
  • 周りの空気を読みすぎるので、人といるとしんどかったり、ものすごく疲れる
  • 人に気を使いすぎて疲れる
  • 仲の良い友達やパートナーと意見や好きなものが違うと落ち込んだりイライラする
  • 他人事なのに自分事のように過剰に反応してしまう
  • 自分の思う通りに人が対応してくれないとイライラする
  • 私は、こんなに相手の事を理解しているのに、なんで相手は自分の事を理解しないのかとイライラする
心当たり、ありませんか?

無境界がもたらす本当の問題

無境界、人と心の境界線が引けない

そもそも、感覚そのものが自分のものなのか、他人のものは何なのかわからないのは、
自分という感覚を抑圧し、他人の感覚を丸呑みにしているからです。

強い支配を受け入れ続けた人生

小さい頃から支配の強い親に育てられると、自分という感覚を抑圧し、親の支配を受け入れるて、
・どうする事が親の期待に応えるられる事なのか
・どうする事が親を喜ばせる事なのか
・どうしていたら親に怒られない
常にこれらの事ばかりを考えて、先回りするようになります。
元々は、親の機嫌を取る、家族の空気を読んでいたんですね。
これが止められなくて、ずっと空気を読み、先読みをしているので、疲れるのは当たり前です。
だったら、それを止めればいいだけの話なのですが、
止めてしまうと、攻撃されたり、見捨てられたり、居場所がなくなるんじゃないかという恐怖を持っているので、
止めたくても止められないのです。

唯一の人との関わり方・繋がり方

強く支配されてきた人は、我慢することで得られた成功体験を強く持っているので、なかなか手放せず、
自分もまた人を強く人を支配し、我慢することを相手に強要します。それも無境界で繋がりを感じられるんですね。

また、親との関りが少なかった人は、人と関わりや繋がりが無境界になることでしか感じられないのです。これをしていないと、自分は孤独、ひとりぼっち唯一の繋がりを切ってしまう事は、恐怖でしかないのです。

人と関わる、繋がるとは、無境界になる事だと思ってしまっているのですね。

抑圧が爆発して、問題がより深刻化

自分が無いという事は、ずっと自分を抑圧しています。
期待に応える為、喜ばせる為、怒られないようにする(自分が傷つかないようにする)為に、自分の欲求や意思を抑圧し続けていると、パートナーや仲の良い友人に対して投影を起こし、その不満が爆発します。
「私、こんなに頑張っているんだから、わかってよ」
「私のことをちゃんと見てよ」
「頑張っている私を認めてよ」
「私は、こんなに我慢しているのだから、あなたも我慢して当然でしょ」
親への満たされなかった思いを目の前の人にぶつけます
これをやっていたら、
大切なパートナーや仲の良い友人、家族との関係が壊れてしまいますよね。
自分の承認欲求を満たす為にやっている事なのに、いつの間にか、「あなたの為にやっているんだから認めてよ」と本質がズレているにも関わらず、人のせいにして、人間関係を自分で破壊していきます。
また、無境界でいれば人との関りや繋がりを感じられるはずなのに、結局は孤独になってしまいます。

心の境界線を引くとは

自分と人は違うと自覚する

ずっと無境界で生きてきたら、「自分と人は違う」と言葉や頭では理解してても、感覚的に認識するのは難しいかもしれないですね。
まずは、自分という感覚をしっかりと感じることから始めるといいと私は思います。
そして、人と自分は違うのだから、しっかりと伝え合う、知る、確認するというコミュニケーションを密に取ることが大切だと思います。ビジネスでよく使われている「報・連・相(報告、連絡、相談)」と同じですね。
また、自分という感覚を大切にするということは、相手の感覚も大切にするということです。自分の中に、相手を勝手に心理的に侵入させないということは、相手の中に、自分も勝手に心理的に侵入しないということです。
空気を読んで、先回りして、望んでいるかどうかも分からない事を勝手にしなくていいのです。相手がお願いしてきた時に、自分はしたいと思えばすればいいのです。

違いを認識し共有する

同じ空に浮かぶ雲を見ても、その形から連想するものは10人いれば、10通りの答えが返ってきます。
例えば同じ「パン」という答えでも、色や形、味など想像しているものは違うんですね。
その違いをシェアして楽しめるようになればいいのではないかと私は思います。

人との関わり方や繋がり方を見直す

境界線を引いても、関りを持てるし、繋がれるし、孤独にならないのです
人の期待に応えなくても、人を喜ばせなくても、孤独にはならないのです。
境界線を引いていても人と関わりを持てたり、繋がりを感じられれば、心地良い関係で人と過ごせるので、一緒にいても過剰にイライラしたり、疲れたりすることも薄まっていくと私は思います。