こんばんは。

心理セラピストの杉原京子です。

1月も終わってしまい、2月になりました。月日が経つのが本当に早く感じます 🙂 。

明日は節分ですね。先日、スーパーに行った時3~5歳位の女の子が泣いてました 😥 。

何かと思って会話を遠いところから聞いてたところ、節分の豆まきで鬼のお面が必要だから、鬼のお面を買って帰ろうとおじいちゃんらしき人が言ってたのですが、その女の子は鬼のお面が怖いらしく、「鬼のお面いらない~。怖いからいらない。嫌だ~」泣きながら、そう言ってました。その子にとっては鬼のお面が相当怖く見えたんでしょう。その後、鬼のお面は買ったのかは不明ですが、怖いと泣きながら豆をぶつけるのかなと勝手に想像しています。大人になると全然平気なものでも、子どもの頃にはとてつもなく怖く感じるものってありますよね?

私は、マクドナルドのドナルドが怖くて怖くて仕方なかったことを覚えています。真っ白い顔に大きな赤い口、そして真っ黄色の洋服。全てが怖かった記憶があります。今から思えば全然怖くないんですがね。。。

 

さてさて、今日は、前回・前々回から続いているシリーズの続きを書いていきます。

前々回の記事はこちら。

休み明けの憂うつ 仕事に行きたくない①

仕事を選ぶ理由がやりたいを優先させずに、条件や世間一般・周りからの評価・ステータス・もしくは身近な誰かから勧められて断れないからといった他人軸で選んでいるので、そもそもやりたくなかったり、興味がなかったりしているんですね。そして、やりたくないのをむりやり我慢しながらやっているので、憂うつになっていくという内容でした。

前回の記事はこちら。

休み明けの憂うつ 仕事に行きたくない②

自分の意志でやりたいこと、面白いこと、好きなことで選んだはずの仕事なのに、思っていたのと違う。おもしろくない、楽しくない、しんどくて憂うつになっていく。それは、仕事をする上で発生する責任の捉え方、取り方が歪んでしまっているので、責任が必要となるような業務になると憂うつになってしまう。人から指示だけをもらっていたら責任を取らなくてもいいので、自分で考えて決めて行動することができずないので仕事の幅も狭まってしまい、自らの成長も止まってしまう。それではルーティンワークになってしまい、飽きてしまったり、やりたいことに制限がかかっているので憂うつになってしまうという内容でした。

今回からは、とても多くの人が抱えているであろう職場の人間関係が原因で感じる憂うつについて書いていきます。

人間関係の問題はさまざまで、とても多くあり、1つの記事では書ききれません。今回は、そもそもなぜ人間関係で問題が生じるのかを心理的な面から書いていきます。

仕事自体は面白かったり、楽しかったりするのだが、人間関係が煩わしくて憂うつになる

仕事そのものには面白さを感じていたり、やっていて楽しいと思えるのだが、職場の人間関係に煩わしさを感じていたり、嫌気がさして、憂うつさを感じるのはなぜなのでしょうか?

 

こんな時に憂うつを感じてしまう

  • 言いたいことが言えずいつも我慢している
  • 業務上関わらないといけない人たちとうまく人間関係が築けない
  • プロジェクトチーム内で疎外感を感じる
  • 上司に叱られるのが怖い
  • ミスを指摘されるのが怖い
  • 職場内でのいじめ
  • 悪口を言われてるような気がして周りの目が気になる
  • 意見がいつも合わない。話がまとまらない

 

人間関係に憂うつさを感じる背景にはどんな問題が隠れているのか?

これらの問題の背景に隠れている真の問題。それは「投影」です。

「投影」とは?

自分の内側にある感情や感覚、欲求・願望を無意識的に他の人の内側や、出来事の中にあるかのように思ったり、感じたりして見てしまうこと。

自分のフィルタ(世界観)でヒト・モノ・コト、世の中をみるということです。

色眼鏡なんて言葉がありますが、まさにその通りで自分自身の内側にある色眼鏡(フィルタ)をつけたまま、ヒト・モノ・コト・世の中を見ているのです。

例えば、ダイエット中にケーキを食べたいんだけど我慢しているとします。目の前の人が美味しそうにケーキを食べています。

私はこんなに我慢しているのに、なぜあなたはそんなに美味しそうに目の前で食べるの!

私に見せつけて、私が苦しんでいる姿を見て喜んでいるのね!

そう言って目の前のケーキを食べている人に怒りを持ち、その怒りをその人にぶつけてしまいます。

事実は、単に「目の前の人はケーキを食べている」だけなのです。

自分が禁止・抑圧・我慢していることを、目の前の人がしているのを見ると怒りが湧いてくる
幼少期に体験した我慢させられていた事に対して怒りを持っている。その我慢させられてことを目の前の人がしているのを見た瞬間、その怒りが湧き、「なんで私が我慢していることをあなたはしているの?」「この我慢している私を分かってよ」そんな思いから怒るのですが、本当に怒りたいのは、目の前の人ではなく、我慢させた親への怒りを目の前の何の関係もない人に向けてしまうので、問題が起きてしまいます。

投影は自分の親子関係からほぼ起こっている

特に組織・職場では投影がよく起こっています。幼少期の頃、自分が親とどんな関わり方をしていたか、ふと振り返った時、今の職場の上司や先輩・同僚・後輩同じような関わり方をしている人が多いです。だから抱く感情感覚同じだったり似ていたりします。そこを見ていくことが真の問題を見ていくとこになります。

例に挙げたのは「我慢して(支配されて)いることに対しての怒り・憎しみ」でしたが、これが妬みや嫉みとなる不満劣等感や自己否定からくる無価値観等、それぞれ人が持っている内面がそのまま投影されてしまうのです。自分の内側に持っている問題が多ければ多いほど、ネガティブな投影を起こすことが多くなってしまい世の中はネガティブなヒト・コトだらけになってしまうのです。それでは、憂うつになるのも当然ですし、生きづらくなりますよね。

 

このまま投影をおこしていることに気づかずにいると…

投影は関係が近しい人ほど起こしやすいのです。始めは近しい人に投影を起こし、段々と範囲が広がり周りの人たち、社会全体にまでイメージが膨らみ、最後は世の中全体へと起こしてしまいます。
自分自身が人は信用できないと思っていると、周りの人、社会全体の世の中の人全員が、人を信用していないと思ってしまうという次第です。

また、この投影のメカニズムを知らず、自分が投影していることに気づかずにいる相手が悪い・周りが悪い・世の中が悪い・もしくは自分が全部悪いと全ての物事に善悪で判断し自分の内側で何が起こっているのか見ずに常に他責にしたり、意味のない自分責めをしてしまうのです。これをお互いにしていたら、問題なんて一向に解決しませんし、ず~っと誰かが悪い、システムが悪い堂々巡りになってしまいます。何かが悪いと他責にしている限り、どこに行ってもその問題は解決することなく、また問題を強化させてしまうことになってしまい、人とぶつかり合っては離れてを繰り返すので、いずれは孤立して孤独になってしまいます。

 

自分はどんな世界観で世の中を、ヒト・モノ・コトを見ているか知ること

まずは自分が投影を起こしていることに気づくことです。ただ、「これ投影を起こしている」なんて気づくのはとても難しいことです。ですので、自分はいったいどんな時に、どんな事に対して、どんな人に、どんな感情を持っている(感じているのか)観察するといいと思います。何か心の中で「ざわざわ」「もやもや」「イライラ等感じた時に、紙に書いてみるといいと思います。何回もそれをしているうちに自分の感情の反応するパターンがわかってくるので、今度はそれを客観視してみるといいと思います。それだけでも何か共通点が見いだせたり気づきがあるかと思います。

脳とは自分の都合のいいように解釈し見たいように見るので、事実から自分の都合のいいように解釈し投影が起こりやすくなります。この「都合のいいように」の部分を自分の内側にあるどんな問題がどんな風に解釈しているのかを見ることで投影を起こしにくくなり、事実のみを見ることとなるので目の前の人にネガティブなフィルタがかからなくなり良好な人間関係が築きやすくなります。仕事上では特に、良好な人間関係が築けると、意識の共有も円滑に行えたり、いつも共有できるようになるのでミスコミュニケーションによるプロジェクトや業務の遅れも減ったりします。想定外のトラブルでプロジェクトが遅れることは仕方のないことなのですが、ミスコミュニケーションでの遅れほど勿体ないものはないと思いませんか?また、投影はポジティブな部分でも起こります。お互いにポジティブな投影を起こせば、より良好な人間関係が作られ可能性が広がりチームでよりよいものを作っていきながら、プロジェクトを進めていくので、人としてもより大きな成長も望めることと思います。

著者

心理セラピスト 杉原 京子

自分という感覚がよく分からなかったり、生きている実感が薄かったり、 人と関わるのが苦手だったりし、人生に何度も行き詰まりを感じる。 それが自身の愛着に問題があったことをリトリーブサイコセラピーで体感する。そして、それは解決できるということも。今後は、この経験を活かして同じように愛着に問題を抱えることで起きる問題の解決のサポートします。

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