こんにちは。

心理セラピストの杉原京子です。

今年の冬は暖かいですね 😀

先日の京都の最高気温は16度だったそうです 。

真冬とは思えない暖かさにびっくりですが、また少しづつ冷えこんできています。

京都独特の底冷えをまだ今年は感じてないので、なんだか冬という実感が少ないです。

寒暖の差が激しくなると体温調整が難しくなるので、体調を崩される方が多いですので、体調管理を心掛けたいですね 🙂 。

 

さてさて、前回の続きを書いていきますね。

前回の記事はこちら。

休み明けの憂うつ 仕事に行きたくない①

仕事を選ぶ理由がやりたいを優先させずに、条件や世間一般・周りからの評価・ステータス・もしくは身近な誰かから勧められて断れないからといった他人軸で選んでいるので、そもそもやりたくなかったり、興味がなかったりしているんですね。そして、やりたくないのをむりやり我慢しながらやっているので、憂うつになっていくという内容でした。

それでは、2つめの理由について書いていきます。

やりたい、おもしろそう、好きで選んだはずの仕事なのに、憂うつになってしまう

この仕事「おもしろそう」、「やってみたい」、「好き」、「楽しい」そんな感覚を元にして選んだはずの仕事なのに、なぜか憂うつになってしまい、仕事に行きたくなくなる。前回のような他人軸ではなく、自分軸で選んでいるはずなのに。最初は意気揚々と楽しく仕事をやっているはずなのに、日を追うごとに憂うつになっていく。こんなはずじゃないのに、好きだったはずの仕事が今では嫌いになってしまいそう。

憂うつを感じてしまう時に起こる事とは?

  • 楽しくない、おもしろくないので仕事に行きたくなくなる
  • 仕事がつまらなくなる感じる
  • 責任が重くのしかかってる感じがする
  • 失敗するのが怖い
  • すぐ仕事を辞めたいと思ってしまう
  • 企画書や提案書を作ろうとすると頭が真っ白になってしまう
  • 仕事がはかどらないと焦りやイライラを感じてしまう
  • 思う通りの成果や結果が出ない

 

本当の問題とは?

心理的な面からみてみると…

 失敗・責任に対する恐怖 

仕事をどんなに完璧にこなそうとしても、100%失敗しないことはありえません。どんなに仕事ができる人でも、失敗する可能性はあります(そのリスクを減らす事はできますが)。

もし、失敗に対する恐怖を持っていたらどんなに好きなことでも怖くて嫌になり、できなくなりませんか?失敗したら上司やお客さんに叱責される、周りに迷惑をかけてしまって申し訳ないという罪悪感でいっぱいになり、居場所がなくなってしまうような感覚を持っていたら、怖くてできませんよね?

重い責任がのしかかってきてる時も同じです。責任なんて取れない、取りたくない。そんな風にもし思っているのなら、仕事がどんどん嫌になり、気持ちが塞がってしまいます。責任を取るのが怖いという人は、そもそも「責任を取る=仕事を辞める、自分の命を差し出す」という感覚をもっている人が多いかと思います。仕事を辞めたり、自分の命を差し出したところで、問題は解決できないと思うのですが。。。

その恐怖を感じたくないので失敗しないようにと自分にプレッシャーをかけ頭の中を不安にさせることで、失敗しないようにと一生懸命自分を追い込んでいく。それでは、やりたい事をやるどころではなく、失敗しないように仕事をしてるようなものですよね?その恐怖がどこからくるのか見ていく必要があります。

 

 思っていたのと違った、やりたくない仕事もやらなくてはならない 

どんな仕事でも、好きな事だけできる事はなく、やりたくない事・苦手な事ももれなく付いてきます。でも、好きな事ができるのであれば、やりたくない事・苦手な事もできると私は思います。

もし、物事を側面だけで見ていたら、思っていたのと違ったと思うかもしれないですね。

では、やりたくない仕事ってどんな事?

そこを掘り下げてみます。

例えば、やりたくないのは、とても苦手な事だとします。いつも失敗したり、ものすごく悩んでなかなかできない事だとしたらその仕事をする度に出来ない自分を感じてしまいます。自己肯定感を持っていればいいのですが、元々自己肯定感が低かったり、なかったりすれば、出来ない度にダメな自分を感じ自己否定してしまいます。それを感じたくなくて嫌になり、やりたくなくってしまう事もあります。

また、これと似たような例としては、

上司や誰かから指示があれば完璧にできるのですが、自分の頭で考えて何かを一から作りだすような仕事になると一気にフリーズして嫌になってしまう、自分で何か決断しないといけないといったパターンもあります。これ、意外と多いのではないでしょうか?指示がないので失敗する恐怖、責任をとる恐怖、自分の考えた案をことごとく否定されるのではないかという恐怖(本人(人格)を否定されいると思い込んでいるので人格否定の恐怖)が押し寄せてきて、パニックになったり頭が真っ白になってしまい仕事に対する気力が急降下してしまうのです。それだけの恐怖を感じていたら、怖くて出来ないのも当たり前ですし、憂うつになってしまいますよね。指示をもらってそれだけをしているのであれば、失敗しても責任をとらなくてもいいという大きなメリットがあります。つまり誰かの支配下に収まっていれば安心が得られるということです。その代り、不自由さを感じるのですが、失敗や責任の恐怖に比べれば、不自由さの方がまだマシということで、無意識に支配される方を自分で選んでいるということです。

そもそも、仕事とは、誰かから指示をもらってするものだと思っている可能性もありますね。

このまま続けていくとどうなるの?

  • 自己否定を続けてしまう
  • 自分に自信がなくなる
  • 新しい事、やりたい事に挑戦しても成し遂げられず、途中で投げ出し、また何かに挑戦するが、途中でやめてしまう
  • 色々な自己啓発系のセミナーに通い続ける(ジプシーのように彷徨ってしまう)
  • 転職を繰り返し続ける
  • 同じ仕事しかできなくなる

出来ないダメな自分を見てしまうので、自己否定を続けてしまい、どんどん自信がなくなってしまいます。そして、モチベーションを上げるためや、方法が間違ってるんじゃないかと思って色々なセミナーに通い続けます。いったんはモチベーションが上がるのですが、そのモチベーションが保たれるのもわずかモチベーションが下がりだすと、またセミナーにいく。もしくは、やり方が違うんじゃないかとセミナーに行き、それでもダメだとそのセミナーの内容が悪い・環境が悪いと理由を並べてまた別のセミナーを探して通う。そんなことの繰り返しになってしまいます。そして、会社が悪いのだと言って転職を繰り返すこともありえます。

新しく何かをしようと始めても、途中でやめるまた新しい事をみつけてやってみるも、やめてしまう。そんなことを繰り返してしまいます。

また、指示が出されたことしかできないので、いつお同じ仕事しかできなくなります。それじゃ飽きてしまったり退屈になるし、成長が止まってしまいますよね?

解決するには? 仕事をおもしろくなくしているのは自分自身だと気づく

ここまで、記事を読んでて何か気づきませんか?

仕事をおもしろくなくしているのは、自分自身なんですね。

自分のやりたい事、おもしろい事、楽しい事をせっかく仕事に選んだのだから、続けていきたくないですか?

それを続けていくには、出来ない自分を認める・受け止める自分ができる精一杯の事をするだけなんですね。等身大の自分で仕事をするということです。それができないのであれば、自己否定をしてしまう自分と向き合って根っこにある居場所がなくなってしまうような感覚・恐怖をみていく必要があります。そしたら、自分が思っているほど、嫌じゃなくなってるかもしれないですよ。なぜなら、何回もその作業をしていくうちに慣れてくるし、コツもつかめてできるようになったら楽しくなるかもしれないですからね。

では、失敗や責任をとる恐怖についてはどうでしょうか?

責任をとるとは、まず何が原因でその問題が起こったかを明らかにし、相手がいることであれば、相手と話し合い、自分が悪いのであれば謝罪し、解決策を見つけて行動に移すことだと私は思います。仕事を辞める。命を差し出すという行為では何も解決しませんよね?それは、ただ単に問題から回避しているだけに過ぎないとも思います。もしも、「話し合い」や「謝罪」という言葉を読んでザワザワするのであれば、それはまた別の問題があるかもしれないですね。本来、責任は自分のとった行動にしかとれないものです。だから他人のとった行動の責任なんて取れないんですが、それを取ろうとしてしまいるのであれば、その思い込みがある事に気づき、その問題を見ていく必要があります。自分の取った行動にも責任が取れない、取りたくないと思っているのなら、それもいいと思います。自分がそれを選んでいるのですから。自己責任ですね。

自分で責任が取れるようになると自分で考えて決断して行動できるようになるので、自分のする仕事の質が変わります。質が変わると、仕事の幅も変わってきます。そしたら、仕事がおもしろくなってきますよね?元々自分が興味があったり、やりたい、おもしろいと思って選んだ仕事であるならば、尚更でおもしろくなるのは極々当然のことです。おもしろくなってきたら仕事に没頭するので、自然と評価や結果に繋がっていきます。そしたら、ある日突然、ふと仕事への憂うつが減っているのに気づくかもしれませんね。変化は中々気づきにくいのですから。

長くなりましたので、次回人間関係で記事を書きたいと思います。

それでは、また次回 😉

 

 

 

 

 

著者

心理セラピスト 杉原 京子

自分という感覚がよく分からなかったり、生きている実感が薄かったり、 人と関わるのが苦手だったりし、人生に何度も行き詰まりを感じる。 それが自身の愛着に問題があったことをリトリーブサイコセラピーで体感する。そして、それは解決できるということも。今後は、この経験を活かして同じように愛着に問題を抱えることで起きる問題の解決のサポートします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です