こんにちは。
心理セラピストの杉原京子です。
オリンピックも開催され、選手の競技への熱さと、それを応援する人たちの熱気も加わって、更に熱さが加速しているように感じます。
日本選手がメダルを次々と獲得し、嬉しいです。
この日の為に何年も果て無き努力を重ねてきている選手の方々や、それを裏方で厚くサポートしているスタッフの方々には、尊敬の念でいっぱいです。
ベストを尽くせるといいですね。
選手の方々を直接会場で応援出来ませんが、画面を通してでも、いっぱい応援していこうと思います。
そして、どの競技を見てもスーパープレイをたくさん見れて嬉しい限りです。
さてさて、もう8月ですね。
8月は夏休みやお盆休みを取る方がたくさんいらっしゃるとは思います。
今年もコロナの影響で、なかなか遠出しにくいですが、夏休みは、何か計画を立てていますか?
従来ですと、夏休みには、どこか旅行に行こうかと計画を立てたり
はたまた、実家から帰って来ないの?と連絡が来たりする時期かと思います。
実家から
「いつ、帰ってくる?」
この言葉に何かざわざわしたり、もやもやしたりしませんか?
「う~ん、いいんだけど、なんだかめんどうだな」って思ったり、
嫌な感覚になって、無理矢理、仕事の予定を入れようとしたり、
別の用事を入れようとしたりして、
なんとか帰らなくてもいい理由を考えてしまう
去年に続き、今年もコロナを口実に実家に帰らなくてもいい大義名分があって、
どこかホッとしてたりしてないでしょうか?
今日は、そんな実家に帰るのかと思うと憂うつになってしまったり、
はたまた実家という言葉を聞いただけで気が重くなって憂うつになってしまう。
そんな帰省ブルーについて書きます。

実家に帰るのかどうかを考え始めただけで、こんな風になってしまう

実家って言葉を聞くだけで、こんな感覚になりませんか?
・心が重たくなってくる
・憂うつになってくる
・息苦しさを感じる
・何となく嫌な感覚になる
そして、お盆は家に来ないの?と連絡が来れば、さらに
・心が沈みこみ、何もしたくなくなる
・そのことで頭がいっぱいになって何も手につかなくなる
・仕事や予定を入れて、断る口実を作ろうとする
・行きたくない反面、両親のことも気になり、複雑な気持ちになる
実家に帰ると、
・ずっと誰かや何かに対する愚痴を親から聞かされ続けて、親の感情のゴミ箱役をやっていて嫌な気持ちになる
・茶番と分かっていても、常に両親が目の前でケンカや言い争いをしていて、間に入って納める役をする
・近況報告をすると、親の期待に応えていないとダメだしされたり、否定されたり、親戚や近所の子や他の兄弟と比べられて自分はダメだと落ち込んだり、バカにされて、恥ずかしい思いをする
・ずっと苦労している、かわいそうな親を助けなきゃいけない自分を犠牲にしてでも親を優先して、物理的・心理的なお世話をして苦しい
・とても強くて支配的な親で、支配を受け入れてきた人にとっては、年老いて弱々しくなった親の姿を見て、怒りを収めざるおえないやるせなさや、将来に対して不安を感じる
でも、実家に帰らなかったら、
・親のことが気になるし、罪悪感を感じる
・世間の目が気になる

実家に帰るのが憂うつになってしまう理由

自分の親なのだから、「会いたいな」、「どうしているかな、気になるな」っていう気持ちはあって当然です。

だけどそれ以上に、重たい感覚、嫌な感覚の方が大きかったりしているのは、

 親との関係は、人との関り方・繋がり方・生き方の原点 となっているからです。

実家とは?親とは?どんな存在?

あなたにとって実家って聞くと、どんなイメージが思い浮かびますか?
親や家族と関わっている時、どんな感覚になりますか?
実家に帰って親と一緒に過ごすことで、
子どもの頃にしていた親との関わり方・繋がり方・生き方が再現されやすくなります。
もし、その頃に受けたたくさんのトラウマがあるとしたら、どうでしょう?
そのトラウマが発動しやすくなると思いませんか?

子どもの頃に得ているはず・育っているはずの感覚がない

家・家族とは、
本来、安心感を感じるものです。
幼少期に親との間に愛着がしっかり形成されると、安心・安全の感覚で親と繋がり、
家にいる時にも安心や安全を感じるはずなのですが、親との間で愛着が形成されないと、
ありのままの自分では存在してはいけないという恐怖
親から見てもらえない寂しさや孤独
愛情をもらえない絶望
子どものから感じている嫌な感覚をありありと感じてしまうのです。
家や家族って、本来は安心や安全といったほっとした暖かさを感覚を感じるはずが、
命を脅かされるような恐怖や寂しさや悲しみを感じていては、憂うつになって当然です。
そんな嫌な思いをしてまで行こうとするのは、
「行かない」という選択は、親を見捨てることだと思い罪悪感でいっぱいになったり、
大人になっても、子どもという立場は変わらず、
子どもは、どんなに嫌なことがあっても、
大好きな親に会いたいという求める気持ちがあるし、
嫌な感覚で親との繋がりを感じることができ、
孤独を感じずにすんだりします。
そして、いつか自分の望むような愛情を親から貰えるとどこかで期待していたり、
逆に期待し続ける事で、本当は愛情をもらえないという事実を受け入れないことで、絶望を感じなくてすんだりします。
親との間にある共依存状態で、
本人の中にある根深い問題が未解決なのです。

問題を解決しないでいると、どうなってしまうのか?

自分の中の問題を解決しない限り、ずっと同じことが繰り返され、問題が膨らんでいきます。

問題が膨らむということは、憂うつな気分が膨らんでいくということです。
憂うつな気分に触れないようにする為に
本当は家族を求めているのに
会いたい気持ち
本当は家族といる時に感じる
嫌な気持ち
感じないように自分を押し殺して我慢する
我慢の限界が超えた時
怒りが爆発して親や自分の近くの人(多くはパートナーや子供)にぶつけてしまい、関係を壊してしまったり、
もしくは、怒りを自分にぶつけたり、無気力になって抑うつ状態になってしまいます。
また、親との関係性で自分の問題を解決せずにいると、
投影を起こし、他の人との関係性でも同じことをやり続けてしまいます。
ずっと、誰かの感情のゴミ箱役をやったり、お世話をし続けたり、期待に応え続けようとしたり、劣等感を感じないように頑張り続けて休めなくなったり、急に虚しさを感じたり。
それに、親も自分も年を取っていきます。
今後、親が病気したり、亡くなったりした時、
自分の問題から逃げ続けた結果、
あふれ出す感情と現実を受け止めて、関わっていけるでしょうか?

自分の中の問題を解決する

表面上は、家族とうまく付き合っているだけかもしれませんが、
何かしらの違和感やいつも嫌な感覚や苦しさを感じいるようでしたら、
自分の中に未解決の問題があります。
親の問題は解決出来ませんが、自分の中にある親に対する問題は解決することが出来ます。
親と接している時、
どんな気持ちなのか、何を感じているのか、
そして、どんな風に接しているのか。
先ずは、自分を観察してみるといいと思います。
そして、心の傷を癒し
自分の中に安心・安全の感覚を育てて愛着を安定させていくことで、
親との関り方や繋がり方、親との心の距離感を自分で選んでいけるようになり、
実家に帰ることに今まで感じてる憂うつさが薄くなってくると思います。
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著者

心理セラピスト 杉原 京子

自分という感覚がよく分からなかったり、生きている実感が薄かったり、 人と関わるのが苦手だったりし、人生に何度も行き詰まりを感じる。 それが自身の愛着に問題があったことをリトリーブサイコセラピーで体感する。そして、それは解決できるということも。今後は、この経験を活かして同じように愛着に問題を抱えることで起きる問題の解決のサポートします。

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